私は空手の指導をする機会をいただいていて、特に小さな子供さんから中学生までを教えています。
もう教え始めてから7年ほど経っていますが、常々思うことがあります。
それが「才能」というものです。

私は基本的に、才能という言葉は好きではありません。
才能という言葉が、努力をしなくてもすでに手にしている能力という意味だからです。

空手を教えていて、すでに体の動かし方が上手く、ちょっと教えればその才能を開花させ、すごい成績を収めるのも不可能でないと思わせる子に今まで何人も出会いました。
当然そういう子とは真逆に、どう考えても才能のかけらも無い子も大勢いるのです。

ところが才能が無いと思う子のほうが、大きくなるにつれどんどん上手く、強くなっていくのです。
これはどういうことかと考えてみました。

そして考えた結果、ある意味これは私の勘違いから見誤っていたという答えに行き着きました。。

つまり、身体を動かすのが上手いのを才能と呼ぶのではないということです。
上手く、強くなる子には元々負けず嫌い・強くならなければならない理由・空手自体がとても楽しい、など空手に対して何かしら情熱を持つための条件が潜んでいたのです。
もし才能と呼ぶならばそれこそが才能だったということです。

残念なことに、そんな情熱を持った子供でも、親御さんの意向でやめざるを得ないことになる子にも何人も出会いました。
様々な理由がありましたが、その中でも、「この子には向いていない」「才能が無い」と勝手に決め付ける言葉は私をとても残念な気持ちにさせました。
なぜなら止めていくときに、本当はやめたくないと泣く子がいるからです。

親御さんの考えもあるのは分かりますが、情熱を持っている子をやめさせることに、どんな良いことがあるのでしょうか?
その子はまだ自分の目標を何もやり遂げずに、自分の意思とは関係なくやめさせられたのです。

価値観は人それぞれですが、私はやはり、特に子供のうちは、なにもやり遂げずに逃げることは罪だと考えています。
また何かをなそうとしているときに、勝手な価値観で自分以外のものがその道を絶つことも罪だと考えています。

人間は生きていかねばなりません。
その道は自分で決めるべきものです。
つらいことがあっても、決めた道、理想があれば、やはり突き進むだけの気持ち・心の力が必要です
私は空手しか教えられませんので、空手の道に入ってきたならば、どうかその心の力を、空手の練習を通して養っていって欲しいと願っています。

努力をすれば、何かしら結果が出ます。
また結果が出ない努力は、努力の仕方が間違っているのです。
勉強でも仕事でも、求められるのは結果です。
その結果を出すための知恵も教えていきたいと思いながら、私は空手を教えています。

みな実は、何事も成し遂げることが出来る才能を持っています。
そして向き不向きよりも何を成し遂げたいかのほうが大事です。
才能という言葉はやはり、情熱を持って事に当たれる、その精神にこそ当てはまるのではないでしょうか?

そんなことを考える、今日この頃。
院長のひとりことでした。


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